『円形建築』§-1 円形建築の設計に就て

§-1 円形建築の設計に就て
 円形建物は古来珍しいものではない。例えば古代ローマの復元図をみると、建物の約一割は円形建物であり、材料の力学上の合理性から寺院、劇場等に屡々反復使用されている。
 その後もエスキモー族の氷の家、蒙古人の枝や毛皮で作るパオ(包)も円形であり、それらは材料及び構築法の合理性のためではあるが、ほぼ円形更に進んで球形の建物であり、表面積が最少であつて、内容が最大であること、従つて表面から受ける外界の温度の影響例えば熱損失率は最少であることを永年の経験上知つているのであろうか。その他強い極地の風や温度の急変に対処する為に、この円形乃至球形が最適であることを知つているのであろうか。
 近来、人工空気調節の発達につれて、建物の表面積及び表皮(壁)の性質が問題になり、且つ、コンクリート、プラスティック等で代表される一体的に鋳造可能の材料が普及するにつれて、建物は再び、必然的に円形乃至球形に近づきつつある。
 南極探検に使用する建物について、日本でも興味のある議論が交されたが、円形が理想的であることは世界の学者の一致して認める処であり、遠からず円形のものが実用となるが、目下は日本の隊員も、住宅だけは四角としてほしいと述べたとか、円形建物に対する認識は余程薄いものと見なければならぬ。
 一般に余りにも永い間、四角い建物に住み馴れ、敷地も家具もそれに合うようにできているので、人々の習慣までそうなつたかの如き錯覚を持つ。しかし円形でも、直径が大きくなれば周囲の部屋は殆んど四角となり、或は扇形であつても、家具の使い方も在来と変りなく、寧ろ一室の中が、狭い部分と、広い部分に分れていて、合理的に使える点は、実例で見て頂きたい。
 円形建築といつても、色々あり、中央に広い空間のある劇場や運動場のようなものから、逆に中央に共通部門例えば手洗所、階段、エレベーター、管理室等をとつた集約的なもの等があり、自然界で言えば前者は鳥の巣、太鼓の皮、風船、シャボン玉等に見られ、後者は樹木の幹、花、果実、雪の結晶等々に見られる。
 これらの例はそのまま人類の建築や都市計画の上に、重要な示唆を与えてくれる。鳥で四角い巣を作るものがあるだろうか。人間だけは何故四角い家許り造りたがるのだろうか。私には習慣上としか思えない。もつと曲面を研究し、その利点を応用すべきものと考える。

∫-1 円形建築の利点
 在来の角形プランは余りにも人類の建築として使い馴らされてきて、人々はその欠点には気が付かず、寧ろ馴れの故を以て長所のみを認めようとしている。
 円形プランについては、人々はまず疑問を持つ。次に保守的な考えから、反対を唱える。円形校舎その他が若い層に圧倒的に受け入れられるのはそのためであり、現状で我慢してしまつた人よりも、常に希望を以て建設的な意見のある人に受入られるのもそのためであろうと思う。
 今後は好むと好まざるとに関らず、必らず円形建物に限らずもつと自由な形体の建物が次第に増加することを作者は確信する。
(1) プランの合理性
 大きな空間をとる場合、円形の空間は最も造り易い。もし四角い敷地である場合は四辺のはみ出した部分は切りとつてしまつてもなお変らぬ強さを持つ。又は内部の柱列は円形で四周の張出しは四角なものでも成立つ。次に集中的なプラン例えば事務所、病院、学校、工場等には木や草の幹や茎の断面を見れば自ら判明する構成であり、細長い間取り等は今に昔語りになるのではあるまいか。
(2) 構造の経済性
 円は自然界の形のうち、構造上最も強いものである。その構築法は今までの角形に比し難しいとされていたのは過去の事で、今日では例えばコンクリート仮枠にしろ、鋳型にしろ寧ろ容易である事が判明している。
(3) 材料の経済性
 同長の周囲の形のうち、最大の面積は円である。換言すれば同一面積を包む形のうち、円の周長は最少である。この故に建物では、柱の数にまで影響があり、最少の材料で、強い構造体を造ることができる。貴重な外壁例えば原子炉、X線関係等、又放熱面積の最少なことから、冷蔵庫或は反対に保温庫、外壁の少ないことから、サイロ、倉庫等に最適である。
(4) 敷地の節約
 建築面積の最少な事は(3)に於て述べたが、建物の長さもまた在来の細長い角形に比すれば、学校等では殆んど半分の長さで収まる。従つて傾斜地(整地の要なし)、三角地帯、老朽建物の増改築等の狭い場所にも建てられる。
(5) 日照及び陰影の利点
 北側に偏した部屋でも、一日に一度は必ず日が当るという利点がある。
 日本でいえば大体、最悪の冬至の場合では一日中日の当らぬ部屋は矩形では普通二分の一乃至四分の一はあるのに比し六分の一である。中央ホール、廊下等を密閉して保温に気をつければ各階が一室の如く暖かくなつて、北側の部屋も南側と同じ温度になつた例がある――例 千葉県習志野市立津田沼小学校他。
 陰影は角形に比し少なく、且つ移動し、冬至でも全然日の当らぬ部分は非常に少ないので、建物を隣接して建てる事ができ、北側の敷地を有効に使うことができる。
(6) 通風の利点
 まず外部からいえば、抵抗が少ないので台風などに強く、風下の建物にも寧ろ強まつた形で当り、衛生的であり夏は涼しい。
 次に内部でいえば、どの方向からの風も、建物内に入り込むのでこれを中央ホールなどで集めて、外室へ自然通風で圧縮送風出来るようにすれば充分涼風を得られる。特に中央部分の涼しいことは実証済み、なお余談であるが印度など熱帯に比較的円形建物の多いのはこのためであろうか。
(7) 設備の経済――配管、配線上の利点
 樹幹、草茎などに見る如く、中心部に設備管、線を配置すれば、極めて経済的にできて工費を相当節約することができる。

∫-2 円形建築の欠点
 上記の長所が欠点となる場合がある。材料によつては構築が却つて困難になる場合もあるが、これは逆に角形建物についてもいえるから特別に欠点とはいえない。市街地には四隅の面積が無駄となつて不利であるが、円許りを密集して建てた場合には角形より有利である、丁度蜂の巣に似て来る。現状では緑地、広場等周囲に空地をとる場合には最適である。
 全然日の当らない場所が少ない代りに、北側に偏した室は早く日が移る。しかし寒くないようにできる事は前記の通り。増築ができないというのも一つの欠点ではあるが、纏りよく、狭い面積で可成りの目的を果し得る建物となる事が寧ろ長所であつて、増築の場合には上段又は別棟に延ばす方法がある。

∫-3 円形建築の工費
 従来のは円形建築は却て高くかかると思われていた。それは構造法の拙劣、施工上の工夫の不足、間取りの不手際等に起因しており、今日では私の絶えざる提唱は円形こそは凡ゆる建物の中で一番経済にできるということである。単位面積当りの価格は角形建築でも当社研究所の作品の中には円形と同じ位安価にできるものもあるが――勿論同じ条件の下で――円形の場合は大概延面積で二割節約になるのでやはり総工費は可成り安くなるのが通例である。
 具体的例として円形校舎では大体設備全部及び浄化槽等一部の外部設備も具へて4万円前後であり(文部省最低基準は5万7千円)、寄宿舎、伝染病棟等大体これに次ぐ。劇場、公会堂等で坪当り建築のみで2万7千円で仕上り、緞帳、椅子、廻り舞台、迫り上り台3基、投光機等すべてを完備し(冷暖房のみ除く、但し後設できる仕組になつている)4万5千円でできた例がある。
 円形建物は廊下のような比較的コストのかからない面積が少なく、すべて質の上等なコストのかかる部分ばかりで出来ている所謂密実な建物であるから坪当り単価は寧ろ上昇すべきなのに却て安くなるのは如何に円形構造が経済になるかの実証であると考えられる。詳細は実例を参照されたい。
 円形校舎建築費例
 (1)直径25m 3階建 15教室屋階附
  延約1650㎡(500坪)総工費2,000万円(4万円/坪)
 (2)直径27m 4階建 18教室屋階大講堂附
  延2475㎡(750坪)総工費2,900万円(3.87万円/坪)
 以上は黒板、掲示板、ダストシュート(ゴミ落し)、暖房用煙突各教室付、手洗、モップ流し、水洗便所、同浄化槽、蛍光灯照明一式及び差込、インターホーン、時鈴、下駄箱、帽子掛その他殆んど設備を網羅してのことで、机、椅子及びカーテン位が別途であるに過ぎない。しかし当研究所では角形校舎でもこの位の単位で同様仕上及び設備を施したものを造れるようになつた。
 例――東京都府中市 明星学苑及び宝塚市立長尾小学校等は矩形校舎であるが、仕上及び設備一式を含んで坪当り4万円前後で出来ている。これは現在の処日本国中最低の価格で最上の仕上及び設備を施した校舎と言える。
『円形建築』日本学術出版社(1959年)

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