『円形建築』あとがき
あとがき
この原稿を整理している春未だ寒き日に、昨冬竣工した江戸川の某高校より、今年は円形校舎の人気で、志願者が1000人を突破しましたと喜びの電話がかかつて来た。我々技術に携わる者としてこんな嬉しい話はない。我々の仕事は未だ世に認められる事薄く、良く出来て当り前、少しでも悪い処でもあると罪人の如くに扱われるものだ。しかし有難い事に今迄我々が設計を担当した諸建築で、その後繁栄しないものは一つもなく、前掲、某校では今年は高校300名定員に対し、1250名の申込ありという。円形校舎新築以前は3回も補欠募集しても定員に満たぬ事もあつた。これは勿論、建築許りの成果とは云えないけれども、預つて大いに力のある事は、他の例に徴して見ても決して過言ではないと思う。
学校以外の建築にも又然りの例が多い。『建築が人の生活の容器である』とは坂本所長の常に云う処であるが、建築が如何に大切なものであるか、人の幸福のすべてが建築によつて左右されると云つても良い程、強く感じられるのである。
建築設計という仕事はこのように人の生命迄左右する程大切な点で、医師、弁護士等にも負けない位、否更に重要なものとは思うけれ共、今の処、余り世間には認められておらない。
我々技術者は人の役に立つ事を望み、人の幸福のみを念じて行動し、生きているのであるけれ共、仲々その真意の判らぬ人もあり、却つて我々を遠ざけて色々の点で建築を冒涜し、建築を破壊してしまう場合が多い。
設計者全体の人格、地位の向上こそ、最も大切であり、社会のため急務であると思う。
作者坂本所長が非常な危険を冒して迄、独立を画し、何物にも束縛されない自由な立場から、建築の正しい在り方の擁護のために載つて来たのも、目的はすべてそこにあつた。
くどいようだが、建築を喰い物にし、汚職し、立身出世の道具にし、権力を誇示し、名声のために建築し、自己の、人の、神の生命の容器である事を忘れた建築の如何に多い事か。
良い建築をする施工者を遠ざけ、穢れた目的のためには、悪い施工者さえも推薦して憚らない世の中の悪の、繰返しが、如何に建築の進歩をはばんで来た事か。建築学科卒業生の就職先はまず官公庁か、施工会社が先で、設計事務所は凡ど省みられぬ状態であるとか。その原因は、給与その他生活上の問題も大いにあるとの事である。当研究所では、まだ開所日浅く財政的にも困難であるにも拘らず、独立建物を新築したり、所員の生活水準の向上、社会保障、リクリエーション等一流施工会社にも劣らぬように気を配つているのは何故か。これ迄にして建築の正しい立場の保持に努めていればこそ、他に例を見ない単価で比較的立派な建築を完成出来るのではないかと思われる。
よく巷間聞く処によれば、悪質な設計者には、材料、施工者、その他すべてよりリベート。紹介料等を取り、現行設計料決定規準の矛盾もあり、総工費すらなるべく高いものに釣り上げる事を寧ろ喜ぶの類とは誠に雲泥の差と云わねばならぬ。
世の中は良くしたもので、このような遣り方は、所謂世の旨味に乏しく、利用者が少ないかと心配した処、案に反して、非常な盛況で、文字通り千客万来、門前、市をなすの有様で、本業の研究に暇なき程の有様である。
しかし、多くの同業者より白眼視され、或は関係官庁等の中にも、反対派がいたり、小さな処で仇を討たれるというのか、例えば円形建物は今後建てさせぬ方針であるとか、いろいろ防害された事もあつた。「それでも地球は廻る」の真理と同じく、「円形建物が最も強い形であり、従つて最も安価に出来る」という事実は、たとえ作者坂本所長が、死刑になろうと、島流しになろうと、たとえ名前も朽ち果ててしまつても円形校舎だけは残り、又何時の世にか必ず、浮び上るであろう事は判然と我々の確信を持つて云い切れる処である。逆説的に云えば早く作者坂本鹿名夫が居らなくても例えば円形校舎が立派に出来上る時の来るのを目的として目下は努力していると云う事が出来る。
防害や誤解の例としてはよく誤報が因をなし、例えば前記大学の実験が、放射状壁の耐震性のみをテストするため、円形建物の柱及びリング梁を故意に弱めた模型であつたのを、手伝いのアルバイト学生が、円形建物そのものの耐震テストと誤認し、円形構造全体に不信を抱き、関係官庁へ訴えたりしたナンセンスが因となつたりしている。
円形建物を此処迄育てるには、諸々の規則や法律に合せて、設計を変更し、或は中には却つて逆に、規則の方を変えて頂いたり、種々の苦労があつた。係りの担当庁の中にも非常に好意的で、科学の合理性や進歩のためには凡ゆる努力を惜しまぬという態度で協力して下さる人も多かつたのは、血も涙もないと思われる科学の世界であるので余計に有難い事であつた。
これからの時代は全くアイデア(着想)の世の中と云われ、寸時も休む事なく、新しい着想に追い越されて行く、目まぐるしい時代となつた。
しかし、それと同時に何か永久不変の真理と云つたもの、例えば、「同じ面積の内、円の周囲は一番短い」、或は「同じ周長の内、円の面積は一番大きい」、「円は一番安定した形である」等々は人が何と云おうと、変らぬものであり、安心して守り通す事ができ、これをバックにした考案は、永久に安定した地歩を占める事が考えられる。
また、アイデアは決して人の後を追わぬ事、何か問題にぶつかつたら、頭を軽く、柔軟にして、全然白紙に還つて、出直す事、等々は作者坂本所長のいつもの方法で、必ず他人の真似でない、新しい解決を産み出すのを常としている。
現代、日本が如何に模倣によつて損われているか、物資的にも、精神的にも拭いきれない、莫大な汚点が残つている。模倣を一回行えば、その人は勿論、社会全体をも破壊し去る程恐しいものである事を銘記すべきである。
当初、作者坂本所長の作品が非常にヂャーナリズムの波に乗り、凡ゆる新聞、雑誌等に競うが如く掲載されたのは、全く独創的な、特異な構想を目標としたものであつて、決してハッタリや奇を追うものではない事が立証されたと思うけれども、反対派の人々は、例えば、円形校舎などは軽薄な、新奇を衒うものであり、例の米誌ライフの如きも、こちらから広告として掲載したものであるとしている。これは米誌を侮辱するも甚しい事で、タイム・ライフ社東京支社に聞く処、同誌は本文中に広告は原則として掲載しないが、若しするとすれば、今回の四頁分は20万弗即ち当時の円為替相場で約壱億六千万円に当るわけで、当所がそのような経費を払つてまで広告を出すの愚をする訳もないし、又それ程裕福でもない。しかし、これを逆説的に云えば、当時、坂本所長の独創のニュースバリューがその位にまで評価されたのかとも思えば、反対派と云うものも亦有難い哉である。
終りに望み、このように拙い作品やお耳障りの数々の下手な説明ではありますが何卒御炯眼により、我々の言わんとしている事をお汲み取り頂きたく、又お差障りのあるかも知れない数々の失言等がありましたる節は何半御寛容賜り度く、当研究所をここまで、御指導、御協力賜りましたる建築主を始め、先輩諸兄、工事関係者、又途中で退職された前所員の方々及び現職員、更に編集及び出版に際し
幾多の困難を超越して献身的に御協力下さつた吉田正二氏等々に深甚の謝意を表し、この本の終りとさせて頂きます。
(昭和34年8月15日編集子記)
『円形建築』日本学術出版社(1959年)
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