浦風小学校

浦風小学校(昭和35年築、平成27年解体)

兵庫県尼崎市杭瀬南新町4-1-34

唯一の円形校舎・浦風小
 このなかで、三四年度に新設した浦風小学校の建て物だけは、異色の円形校舎である。三〇年前後に東京の富士見高等学校をはじめ、各地でこの様式の建築がみられるようになった。限られた狭い敷地を有効に利用できるうえ、建築単価が約一割ぐらい節約できるところにその特徴があった。浦風小学校は、阪神国道(二号線)以南の旧杭瀬・長洲両小学校区の児童を対象とする関係から、現在地以外にまとまった適地が得られなかった。ほかに唯一の候補地として、現在の大物公園の一部転用も検討されたが、西にかたより過ぎて通学に不便であることと、公園敷地の転用は、公園法によってむずかしいという理由で実現しなかった。そこで、わずか一万一六〇〇平方メートル(約三五〇〇坪)に過ぎない用地を利用して、いかに校舎を建設するかが問題になった。東京の富士見高等学校や近隣都市の既設校舎を参考に研究の結果、この円形校舎の採用に踏み切ったのである。鉄筋三階建ての普通教室一六・特別教室四と各階の便所からなっており、児童は校舎の中心に位置する中央の階段から上下する。工費三一六四万一二二四円を費やし、三五年一月八日に完成した。
 この様式の特徴は、約一五%節約できる敷地の効用度と建築費の節約が最大のものであるが、そのほかに、扇形の教室であるから児童の注意力が教壇の教員に集中することや背面総ガラスのため明るいなどの利点がある。反面、北側の教室が暗いこと、背面総ガラスのため教員の疲労が大きいこと、中央階段が煙突の作用をして、便所の臭気や階下の騒音が上部へ吹き抜けるなどの欠点があることから、現在までのところ、円形校舎を採用したのはこの浦風小学校だけである。
『尼崎市戦後教育史』尼崎市教育委員会(1974年)

尼崎市立浦風小学校-ウィキペディア

尼崎市立浦風小学校

浦風小学校の円形校舎-まちかど逍遥

昭和レトロな杭瀬「円形校舎」-モダン周遊

『尼崎市戦後教育史』尼崎市教育委員会(1974年)