伊勢崎市立女子高等学校

伊勢崎市立女子高等学校(昭和33年築、平成24年解体)

群馬県伊勢崎市昭和町1712-2

56 市立女子高等学校
 昭和三〇年に新築された市立女子高の四階建ての円型校舎である。当時流行した建築様式でさまざまの利点があげられ、新築はこの様式で長方型の校舎は時代遅れだとまで言われ、モダンな校舎であった。結局一時的流行であり、その後の学校建築には取り入れられず人々の口の端にも上らなくなった。
『写真集 明治大正昭和 伊勢崎』国書刊行会(1980年)

 市立女子高校の開校
 伊勢崎市立女子高等学校設置条例が議決されたのは、昭和二十九年三月十日の臨時市議会であった。同月三十一日付を以て設置が認可され、同年四月十日開校式及び入学式が行われる。四月十九日には北小学校で授業が開始されたが、六月二十二日には改造した佐波福祉事務所跡地に移転した。修学年数は三か年、定員二四〇人、開校当初の生徒は八二人で二学級。校長は伊沢弘一であった。
 当時、市内には女子のための全日制普通科は県立の女子高校が一校あるだけであり、戦後興った進学熱の高まりから昭和二十六には同校の定員二五〇人に対し四〇〇人近い志願者があった。結局、定員外の子女は定時制課程にゆくか、他都市の女子高校に進学するという状況であった。特に前橋、高崎には県立のほかに市立の女子高校があり、桐生には私立があるなど、伊勢崎市にもう一校の女子高校新設は必然的な時代の要請でもあった。
 こうして開校した市立女子高校ではあったが、開校に際して当初予算は組まれず、暫定予算によって九月までの約半年間まかなった。初年度の年間予算が決まったのは九月の定例市議会で、三一二万八〇〇〇余円が組まれた。校舎の新築も思うに任せず、市財政難のあおりで三年越しに延ばされていたが、昭和三十一年八月同校PTAから建設用地として昭和町地内の土地三六九九坪の寄付があり、ようやく校舎建築が具体化していった。
 その土地に完成した校舎は斬新な円形校舎で、鉄筋コンクリート四階建、総工費約三〇〇〇万円であった。これも当初計画は三階建であったが、PTAからの要望と寄付二〇〇万円によって講堂分を四階に増設することとなり、設計変更を行っている。円形校舎の導入については、採光、通風、音響など何らの支障がなく、工事単価が約一〇%低く、敷地をとらない、などの利点が挙げられた。昭和三十三年二月二十五日完成、同月二十七日移転し、五月二日落成式が挙行された。なお、同三十三年四月からは定員が四五〇人となった。
『伊勢崎市史 通史編 3 (近現代) 本編』伊勢崎市(1991年)

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『写真集 明治大正昭和 伊勢崎』国書刊行会(1980年)

『伊勢崎市史 通史編 3 (近現代) 本編』伊勢崎市(1991年)