富士見中学高等学校

富士見中学高等学校

東京都練馬区中村北4-8-26

山崎学園 富士見中・高校
東京都練馬区
設計~竣工 1954
施工 清水建設
面積 1567㎡(474坪)
工費 2,500万円(5.3万円/坪)
女子中・高校
 60m×160mの南北に細長いL字形の校地の東南に35m×60mの突出部があり、この処に円形校舎を建てた。当初、作者が招かれて行つた時には既に建築家大江宏氏の案として運動場の南側に、現在体育館使丁室等を取毀して東西に長く、まず特別教室を普通の矩形校舎で建てる計画であつたが、それには未だ資金が充分でない事と運動場が二分され且つ日当りが悪くなる事等から代案を求められた。
 作者の案によれば総工費は約1/2ですみ、且つこの綜合計画によれば、一棟をも毀損せずに増築が出来る事であり、その後も大体当時の計画の線にそい実現出来た事は後記角形校舎の項を参照されたい。即ち作者はまず普通教室のみ15教室を円形で建て、資金が充分整つてから特別教室群を建てる方針としたところ、5年計画が2年以内に実現してしまつた。それにはヂャーナリズムその他円形校舎が若い女学生に与えた影響もかなり預つて力あつたものと云われている。
 この円形校舎では材料の節約から中央ホールの音響が悪く、次期からは容易に改良出来た。又色彩調節も塗料の節約からモルタルのままで放置してあり、僅かに教室内のみに行う事が出来た。近く改装の予定である。
 その他は前記金城に比し作者の設計意図が充分発揮出来た点は、学校当局が設計者の意志を充分尊重された賜物と感謝している。
 本校に始めて用いた机付椅子はライフ誌にも取り上げられて世界各国から申込や照合が殺到した。
 本校の円形校舎の総工費はその後のものに比し約500万円即2割高い。原因は円形がまだ世に知られていなかつた事ではあるが、金城に比すれば格安になつて来たのである。
『円形建築』日本学術出版社(1959年)

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『円形建築』日本学術出版社(1959年)