四天王寺高等学校(現・四天王寺中学校・高等学校)

四天王寺高等学校(現・四天王寺中学校・高等学校)(昭和31年築、解体年不明)

大阪府大阪市天王寺区四天王寺1-11-73

四天王寺会館
大阪市天王寺
設計 1957
施工 金剛組
面積 2380㎡(720坪)
工費 1億2千万円(16.7万円/坪)
 天王寺は聖徳太子により建立された。目下五重塔を朝野の碩学、衆智を集めて再建中である。その境内を大きく占める四天王寺学園(女子中・高・短大)より招かれて先に円形校舎を、次に短大を設計した。学園本来の念願は会館を建立するにあり、設計案は期せずして雲集する有様であつた。作者としては当所より辞退するつもりであつたが、求めらるるままに一案を草し、審査員は天王寺顧問、日本建築協会長竹腰健造氏が当られ、はからずも拙案が採用と決つた。(略)
『円形建築』日本学術出版社(1959年)

 円型校舎概要
工期 着工昭和三十一年一月二十日、竣工昭和三十一年十月十九日
総工費 二〇〇七・八九平方米(六〇八・三四坪)構造 鉄筋コンクリート四階、一部塔屋二階(五、六階)直径二四米
建物高 軒高一六・三五米、最高の高さ二一・二五米
内容 普通教室十五、遮音兼防火扉、一階保健室、事務室、五、六階会議室、図書室
施工 金剛組
 円型校舎の落成を一番喜んだのは生徒たちだったろう。新しい、しかも類の少ない教室で勉強できるという喜び、そして円型校舎のある四天王寺学園にいるという素朴な自負、次の作文は、そのような喜びをつたえている。
 グァーグァーバリバリ、グァーグァーバリバリ、この建設のたくましい音をきくと、円型校舎が今にも白く光って立っているようだ。
 私の目の前には、あの巨大な丸い形をした勇ましい円型校舎が目に浮ぶ。私たちはあの中に入れるのだ。なんとうれしく、そして幸福なのだろう。私は心からこの学校に入って来てよかったと今さらながら思うのだ。先生が、よくおっしゃる言葉、「円型校舎がいくら立派であっても中に入る私達が立派でなかったらなんにもならない」この言葉が太い声で胸の中によみがえる。そうだ! 私達は立派でなければならないのだ。もっともっと強く、そしてやさしく、でもこんなあたりまえのことがどうして出来ないのだろうか。不思議に思う。(中二西川春美)
 一方円型校舎の完成は世間でも注目され、新聞紙上にもとり上げられた。読売新聞の記事によると
 総工費三千万円で去年八日着工された四天王寺学園では、すでに基礎工事も半ば完了しているので、七月ごろには古風な四天王寺の英霊堂の傍に近代感覚をもりあげた地上四階(延六百坪)の円型校舎が市内のトップを切って完成、同寺を訪れる善男善女の眼を驚かせることだろう――中略、四天王寺学園ではこの近代的な建築設備の雰囲気の中にあって「和を持って貴しとなす」という聖徳太子の十七条憲法の精神を盛った独自の理想教育をほどこそうとはり切っており、円型校舎のざん新さを通じ夢て多いテイーンエイジヤーに清新の気を叩き込もうとしているが、こんごの生徒増をねらうという私学らしいポスターバリュー的アイデイアももられている。(三十一年二月十六日)
朝日新聞は、まず円型校舎の利点をあげたあと、
 一方階段が中央ラセン階段とほか一つしかないので、各教室が同時に出たり入ったりするときにはゴタつくし、出入口が前にしかついていないので、遅刻した生徒が入って来たときなどみんな気をとられる。後から採光するので多少手元が暗くなるなどのマイナスもある。しかし「明るいガラス張りの円い教室―なんだかオトギ話的な楽しさがあるでしょう。中学生ははしゃいでいますよ。女の子は夢がすきですからね。」と滝藤先生はお気に入りの様子だった(三十二年三月二日)
と報じている。
『四天王寺学園史』四天王寺学園(1961年)

 施設の充実
(略)
 また、志願者急増に対処せねばならない時機に対応しては、学園の前途を見通しつつ、これに応えていく思考の中で確定されていった設計がパゴダ式円型校舎であった。資金調達の労もさることながら、宗教的情操教育の精神を具現する環境の造成を求めて、学園が理想とする和の精神を「円」に通わせ円型五重のパゴダ(仏塔)式校舎の建造が進められたのは昭和31年も年初早々のことであった。もっとも経済的な校舎増築という感覚にもまして、理想をもとめて明日を先取りしていく、大悲願にも似た道の険しさは、廃墟から新生を求めて立ち上ってきた人々の共感を呼ぶものがあり、続く大講堂建造計画とも合わせ支援の高まりを呼んだ。この特異な工事が完工に近づくにつれ、当時円型建築にさえなじみの薄い市民の目を驚かすに十分であった。校地に恵まれない学校敷地を最大限有効利用し、音響・採光・通風など利点の多い教育環境をもとめて勉学意慾を引き出しえた効果は大きかった。

面積 1987.05平方メートル
構造 鉄筋コンクリート造
   円型4階建 塔屋2階付
建物高 軒高16.35メートル
    最高21.25メートル
施工 金剛組

『敬田院事業再興60年誌』四天王寺学園(1981年)

四天王寺中学校・高等学校-ウィキペディア

四天王寺中学校・高等学校

『円形建築』日本学術出版社(1959年)

『大阪の私学』大阪府総務部教育課(1958年)

『四天王寺学園史』四天王寺学園(1961年)

『敬田院事業再興60年誌』四天王寺学園(1981年)