大阪交通短期大学 (大阪産業大学)
大阪交通短期大学 (大阪産業大学)(昭和38年築、令和6年解体)
大阪府大東市中垣内3-1-1
慣れ親しんだキャンパスを
さまざまな角度で眺めてみました東部キャンパスには、時代を感じさせる校舎が残っています。写真1~4をご覧ください。何号館かお分かりでしょうか。ヒント1:見上げると三角形の吹抜けを持った階段。ヒント2:わずかに跳ね上がったエントランスの庇、膨らみをもった長方形断面・タイル張りの柱、6つの長方形の窓。ヒント3:螺旋階段。ヒント4:鍵穴のように見える屋上。正解は、1963(S38)年9月竣工の2号館です。大学開学当時の生駒山側から望む写真からは、ひときわ目を引く校舎だったことが伺えます。なぜこのような形が採用されたのか…学園記念誌を見ても明確な記載は見当たりません(注1)。この当時の建築界に視点を移すと、きっかけが見えてくるように思います。1950年代後半には、円形建築を推進した建築家・坂本鹿名夫(1911-87年)による、校舎を主とした数多くの実施例が、建築雑誌の表紙を飾っていました(注2)。また坂本以外の設計者による例も現れるというまさに流行期でした。いずれも円形校舎と呼ばれていますが、近隣では、八尾市立南山本小学校(1957年竣工/2014年建替)八角形、尼崎市立浦風小学校(1960年竣工/2015年建替)十六角形の平面を持つ校舎がありました。(略)
注1 2号館の形態の由来を御存知の方がいらっしゃいましたら、校友会事務局にご一報いただければ幸いです。
注2 坂本鹿名夫と円形建築については以下をご参照ください。梅宮弘光:円形校舎にみるモダニズムの戦後 坂本鹿名夫の「純粋機能主義」と円へのこだわり、石田潤一郎監修、関西のモダニズム建築―一九二〇年代~六〇年代 空間にあらわれた合理・抽象・改革―、淡交社、2014、pp.157-161
(取材:広報事業部 船曳悦子)
大阪産業大学校友会会報『凡友』91号(2018年)
東キャンパス・円形校舎解体 予定
大学施設整備計画には東キャンパス2号館(通称円形校舎)の解体工事が始まる予定です。円形校舎が懐かしいと思われる方も多いのではないでしょうか。その雄姿がみられるのも残りわずかになりました。
大阪産業大学校友会会報『凡友』95号(2022年)
学園の源
~瀬島教授が語る大産大ヒストリー~短期大学スタート
時代の流れに乗って(略)
生駒のふもとに大東校舎自動車に舵を切った大阪交通短大にとって、大阪市城東区古市の校舎はあまりにも手狭でした。学園は多くの関係者の協力を得て生駒山系のふもとである大東市中垣内に約1万㎡の土地を買収し、校舎建設に着手します。これが学園の大東進出の第一歩でした。
大東校舎1号館は1961(昭和36)年に完成しました。その祝賀会では、自動車展示会もあり、各メーカーいち押しのピカピカの新車がずらりと並べられ、お祝いムードに花を添えました。その2年後には、円形校舎が特徴の2号館が完成します。この2号館には「大阪交通短期大学」と大きく書かれた看板が掲げられました。
1958年12月に、大阪府と奈良県を生駒山地を越えて結ぶ阪奈道路が開通していましたが、2号館は阪奈道から見下ろすことができました。スタイリッシュな円形校舎は学園のシンボルであるだけではなく、ドライバーに向けて学園をPRする広告塔の役割も果たしていったのです。
学園広報誌『NEOSU』26号(2016年)













『創立四十周年誌』大阪交通学園(1968年)
『学校法人大阪産業大学五十年史』大阪産業大学(1980年)
『みちしるべ ~道標~:学園創立90周年記念誌』大阪産業大学(2018年)
大阪産業大学校友会会報『凡友』
学園広報誌『NEOSU』
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません